米株急落・VIXショックは低ボラ相場を終わらせるか
米国株式市場急落
2月5日のダウは1,175ドル(4.6%安)の下落で終値の過去最大の下げ幅、取引時間中としても一時1,597ドルの下落と過去最大の下げ幅を記録しています。
現在の株価が1月26日に過去最高値を更新していたばかりだったことで値幅自体が大きくなっていることを割り引いても、これは相当なインパクトのある下げ幅でした。
その後も神経質な展開が続き、2月8日には再びダウが1,000ドルの超の下落(1,032ドルで5日に次ぐ過去2番目の下げ幅、4.1%安)となったことで1月の高値から10%以上下落し、調整局面入りしました。
2月9日金曜の取引でも、一時2%程度下落していたものの、一転して1.4%高、330ドル上昇して引けました。結局ダウは週間では5.2%安、1,330ドルもの下落となりました。
下落の原因は?
金曜日に1%以上上昇して引けたことで一旦は落ち着きを取り戻したように見えますが、そもそもこの下落の原因は何でしょうか。
今回の下落の発端は、前週の米雇用統計で賃金の上昇が予想を上回る伸びとなったことでFOMCの利上げペースが加速か!?という懸念が強まったことにあります。
実際に、米国10年国債利回りは前週末からほぼ変わらずの2.85%となっていて、これほどの株式市場の下落を見ても依然として金利上昇が警戒される状況が続いています。ダウが5.2%も下げるなかで金利が下がらないというのは、ちょっとすごいことです。
米国の利上げ加速が米国株の下落要因であるなら、短期金利の上昇とともに景気の見通しが悪化して株価が下落、イールドカーブはフラットニングするはずです。しかし、現在見られるのは長期債を中心としたベアスティープ。市場は現在のペースの利上げではFOMCがインフレをコントロールできなくなるリスクを考えているのでしょうか。
米国でインフレ高進がコントロールできない状況、、、世界中で賃金の伸びが鈍くてインフレが高まらない状況のなかで米国だけが賃金の上昇でインフレ!?、、、税制改正で成長率が僅かに押し上げられるようですが、諸々勘案してもそれはないと思います。
では、税制改革に伴う財政の悪化懸念でしょうか。それはあるかもしれませんが、株の急落を誘発するような話題でもないです。
2月5日の下落を加速させた要因のひとつとして、下落の主因だとは思いませんがフラッシュクラッシュ的な動きがあったのではないかと思います。
2月2日のダウ666ドル安の後の2月5日の動きで下落方向への圧力が強まり、取引終盤に加速させたというのはあり得る話だと思います。そのなかで、米国株のボラティリティーには深刻な圧力がかかり、VIXは1日で倍になりました。その後の株価のボラティリティーの上昇はVIX取引清算の余波によるところが大きいのではないかと思います(バークレイズによるとボラティリティーファンド清算の影響で2,250億ドル相当の株売りが出ると試算されてしていました)。
近年の市場は株、債券、為替、商品など、金融市場が軒並み低ボラティリティーのなかで、それを前提としたポジションが膨らんでいたのではないかと思われます。債券利回りが低位にとどまり、米国のイールドカーブのフラットニングで期待リターンが低下するなか、ボラティリティショート、低格付けの債券の買い(クレジットスプレッドロング)などでなんとかしてリターンを確保しようとしていたのでしょう。リスクパリティにアセットを組み合わせることでリスク対比のリターンを高めるバランスファンド的な手法などもあり、低ボラティリティーで安定した市場推移と相関関係の持続がそれぞれのポジションの大前提となっていました。
先週の動きで、この低ボラティリティーという大前提が一旦崩れてしまいました。
今回の急落前から、市場ではこれまでにない動きが続いていて、債券利回りはじわじわ上昇、でも米ドルは下落、株価は最高値を更新していました。
これが米国債の利回りが低下しながら起こっていればいつものこと(相関)ですが、利回りの上昇を伴いながらの株価高進は無理があったということなのでしょう。
そもそも、FOMCの利上げ局面では、投資家は利上げによる将来の混乱を(当然のこととして)懸念します。2015年に米国の利上げが始まり、これまで経済の拡大を伴い実にうまく利上げを進めてきました。そこに米国の税制改正で成長率の短期的な押し上げと株価の最高値更新が加わり、将来の利上げ後の株価下落に対する懸念が強まったのではないでしょうか。その最後のきっかけが直近のFOMCのややタカ派な姿勢と雇用統計で、株価の調整につながったと考えられます。その意味では、最後のきっかけとしての利上げ期待と利回りの上昇が株価急落の引き金であることは間違いないと思いますが、その前段階にあった相関を崩す動きも原因になっていたと推定され、中国の米国債投資に対する消極的な発言や、米財務長官の不用意な米ドル安容認発言とその後の総批判といった不協和音も今回の急落の原因と言えると思います。
今後の展開は
2月9日金曜日に反発して引けたことは勇気付けられるものでしたが、安心できる状況では全然ありません。
ボラティリティーは依然として非常に高く、予断を許しません。
利上げペースの加速懸念が後退してボラティリティが早期に落ち着き、企業業績に支えられて株式市場が堅調に推移するという可能性もあります。株価が高騰するなかで買えずにいたと思われる人たちからの買いも入るでしょう。
一方で、ボラティリティの上昇(リスクの増大)がこれまでの各市場の相関を崩壊させて、深刻な影響となるリスクもあります。リーマンショックが一部の住宅ローンのリスク再評価をきっかけにしたように、市場の前提が変わると想定外の影響を及ぼす可能性があります。
不安要因(VIXショック)
今回の動きをそこまで深刻なものとして捉えるべきか(杞憂なのか)わかりませんが、不安になる要素はあります。VIXショックと呼ばれる、VIXの急騰による市場の混乱です。
今回の株式市場の急落でVIXが急騰し、なんとたった一晩の動きでいくつかのVIX関連の金融商品が償還に追い込まれました。
償還になるクレディ・スイスの商品は、1月下旬には20億ドルの時価総額があったとのことですが、それが前日からたった1日で20%以下の価値まで下落したことから、償還となりました。その他の類似商品も償還されるものや、取引が停止され1日で80%を超える下落となるなど、深刻な影響となっています。上述したバークレイズの株売りの試算はこの償還の影響を推計したものです。
今回のVIX関連商品の償還は商品性を考えれば当たり前で、VIXやボラティリティを内包する金融商品がそもそも危険というわけではありません(値動きが通常の金融資産とは大きく異なるので、理解しづらいという意味では危険ですし、理解できないならば投資するべき商品ではありません)。しかし、今回の動きでこれまで意識の隅に追いやられていたボラティリティのリスクが再認識され(ボラティリティショートファンドの大量償還による影響も懸念されます)、低ボラティリティーを前提とした世界が変わってしまうリスクも想定しておいた方がいいかもしれません。
低ボラ相場が終わってしまうとすると、株式市場のリスク調整後の期待リターンが低下することになるなど、基本的にはリスク資産圧縮要因となります。
週明け、ただただ株価の上昇を願うばかりです。
VIXとは
そもそもVIX関連商品はなぜこんな値動きになってしまうのでしょうか。以下のリンク先の資料が最も参考になると思います。
CBOEボラティリティ指数は一般にVIXとして知られており、近い将来における米国株式市場の価格変動(現水準からの上昇及び下落)の推定範囲を予測します。具体的には、VIXはS&P 500(SPX)の今後30日間のインプライド・ボラティリティを測定します。インプライド・ボラティリティが高い時には、VIXの水準は高くなり、価格変動の推定範囲は広くなります。インプライド・ボラティリティが低い時には、VIXの水準は低くなり、推定範囲は狭くなります。
VIXは何を測定するか:今後30日間の将来(“インプライド”)のボラティリティ
別名恐怖指数の異名をとる指数で、通常株価が下落するときに数値が上昇するのでそう呼ばれます。ただ、Wikipediaにもあるように、通常は10-20の間で推移します。リーマンショックのときには最高で80超まで上昇しました。金融市場でボラティリティというとVIXが真っ先に挙げられるぐらい有名で、関連するデリバティブなどの取引も活発です。
この指数自体を取引することはできませんが、VIX先物に連動する指数などが多数開発されていて、それらの指数に連動することを目指すETF、ETNが売買されています。
ETFとETNの違いは先ほどのVIXの資料にある、ETFとETNの比較という箇所が参考になります。
S&P 500 VIX先物指数に連動するETFやETNは非常に流動性が高いため、その他のETFやETNと同様に、証券口座で売買することが可能です。ただし、ETFとETNは異なる商品です。全てのETFが株式証券であるのに対し、全てのETNは債務証券であり、したがってETNに投資する投資家は、市場リスクに加えて信用リスクも負うことになります。ETFは、原指数の先物を購入することにより、原指数に連動するリターンを目指す商品です。ETNは、原指数のパフォーマンスに基づいてリターンを決定しますが、原指数の先物を保有することはありません。
では、今回償還になった商品について考えてみたいと思います。すべて詳細に見た訳ではないですが、これらのほとんどが短期のVIX先物をショートした場合の先物のリターンに連動することを目的とした商品(インバースETF(ETN))です。インバースETF(ETN)とは、先ほどの資料によると、
インバースETFやETNでは、実際のリターンとは逆の日次リターンを得ることが可能です。実際のリターンがプラスであれば、インバースETFやETNのリターンはマイナスとなり、逆の場合も同様の結果となります。
ちょっとわかりにくいですね。簡単にいうと、VIX指数が低下する(15が14に低下など)ことで利益を得られる取引を行う商品ということです。
しかし、先ほどの資料では、先物の2倍もしくは3倍のリターンを得ることを狙ったレバレッジドETF(ETN) やインバースETF(ETN)などについて、以下のとおり短期投資に限定することが想定されています。
ただし、ほぼ全ての状況において、レバレッジドETF(ETN)やインバースETF(ETN)は短期的な取引ポジションをとるために利用され、極めて短期的な期間(例えば、1日)の中で監視しない限り、通常は適切な投資対象となり得ません。
ただ、ほとんどの投資家がインバースETF(ETN)に長期投資を行っていたものと思われます。背景は、これらの商品が(今回の急落までは)非常にパフォーマンスがよかったためです。残高が数十億ドルまで拡大するファンドが多数でるなど、一部の投資家には非常に人気の戦略でした。
VIX先物からどのようにリターンが生じるのか
これらの商品のリターンの出方を具体的に見ていきます。最初に、重要な概念としてコンタンゴ(順鞘)とは何かを先ほどの資料から抜粋します。
ETF及びETNの両方のリターンは、VIX自体の価値の変化というよりも、原資産となるVIX先物の価値の変化によって決まります。したがって、リターンが、実際のVIXの水準により示されるインプライド・ボラティリティと異なることや、投資家の期待から外れることはよくあります。しかし、特徴的な市場見通しによりVIXの期先の先物価格が期近の先物価格よりも高くなることが、より大きなリスクであると言えます。こうした見通しは、VIXが低水準で推移している時に強まります。こうした見通しが強まれば、VIX先物の投資家は期先の先物に多くの金額を支払おうとします。この状態をコンタンゴ(順鞘)と呼びます。市場がコンタンゴの状態にある時には、期先の先物価格が期近の先物価格を上回ります。したがって、VIXに連動する商品に投資している投資家は毎月、先物の満期日が近づくに従い、保有している先物を売却する一方で、翌限月の先物を購入します。このことをロールオーバーと呼びます。市場がコンタンゴの状態にあり、期先の先物価格が期近の先物価格(売却する先物の価格)よりも常に高い状態にある場合、ロールオーバーに伴う損失により、投資家の元本は大幅に目減りすることになります。このことを踏まえると、VIXに連動する商品についは、極めて短期的な投資(例えば、1日)にとどめることが望ましいと考えられます。しかし、伝統的な指数に連動するETFやETNに投資する投資家は、バイ・アンド・ホールド戦略をとる場合が多いため、上記のようなアプローチはそれに逆行するものとなります。
この資料では、VIX先物を買う場合についても長期投資には向かないとされていて、基本的にはVIX指数をS&P株価指数に逆相関になるものとして、短期的なヘッジ商品として推奨しているようです。VIX先物が長期投資に向かないのは、上記のインバースETF(ETN)のリターンが非常によかった(=逆にVIX先物を買う取引は非常にリターンが悪かった)ということからも明らかですね。ヘッジとして長期間使うにはコストがかかりすぎるんです(長期間VIX先物をロングしていた場合のリターンは、こちらが参考になると思います。いかにも厳しいリターンですよね)。
2月9日の例を使って具体的なリターンのイメージをご説明します。VIX先物は毎月(何か月先までかは忘れました・・)、直近月では週次で先物があり、直近の1-3カ月の取引が活発です。
2月9日の直近限月(2月限)の引値は27.175(前日比-0.925)とのことですので、この先物を純資産の100%売り建てていると3.3%(0.925/(27.175+0.925))のリターンがあったことになります。VIX先物の取引は先物1枚あたり1,000ドルですので、27.175×1,000=27,175ドルが現在の取引単位になります(当然価格が変わると取引単位も変わります)。1枚売り建てていると、2月8日からの1日で925ドルのリターンが出たことになります。
この取引を続けるとなぜそれほどのリターンが出るかというと、上記のコンタンゴ(順鞘)にポイントがあります。
順鞘とは、具体的に書くと(かなり極端に書いてます)、以下のように先の日付の価格が高い状態を指します。
2月限 11.40
3月限 12.00
4月限 12.60
このときに、3月限先物を12.00で売り建てて、何も市場環境が変わらないと仮定すると、時間が1か月経過すると3月限先物は2月限先物と同じ価格11.40になります。売り建てていた先物を0.6安く買い戻して次の限月を売る(ロールオーバー)することで、市場環境が何も変わらなくても、5%(0.6/12.00)ものリターンになります。これが、VIX先物の売り建てから得られるリターンで、市場が安定していることによって毎月大きなリターンを獲得し続けてきました。
では、今回起こったVIXショックとはどんな事態だったのでしょうか。
正確な清算価格はわかりませんが、2月5日には15台だった2月限の清算価格が30を超える水準まで上昇したことで、もともと15だったものが倍以上の価格になり100%を超える損失が発生しました。それぞれのVIX関連商品がどのように先物を参照しているかは不明ですが、直近限月で1日で100%超える損失が出たことで深刻な事態に陥りました。これが、数日かけて15が30超になったのであれば、順次ポジションが調整されることで今回のような償還騒ぎにはならなかったはずですが(クレディ・スイスのファンドは、気配値が前営業日の取引終了時の気配値の20%以下になったら償還になるため)、「1日」での急騰だったことが深刻な事態を引き起こしました。
1件の返信
[…] 前回2018年1月の利上げ時点のカナダドルが1.24台、89円台だったことを考えると、いまの1.29台、82円までよく変化してきましたね。NAFTAの不透明とVIXショックでの株安、米国の関税導入表明など、カナダドルにはネガティブな材料が続きました。今後はどうなるでしょうか。NAFTAの行方に加えて米国の関税によってますます不透明感が強まってしまいましたので、BoCは動きづらいですね。CPIの伸びが高まるか、労働市場が極端に引き締まって賃金の伸びが加速してくることでもなければ、米国の政策動向を見ながら緩やかな金融政策の調整を慎重に慎重に進めていくしかないのではないかと思います。 […]